乙訓ひまわり園の概要
障害者総合支援センター乙訓ひまわり園は、障害者自立支援法による生活介護事業所である「乙訓ひまわり園ディセンター」、旧法の知的障害者通所授産施設「乙訓ひまわり園ワークセンター」、そして「乙訓ひまわり園地域生活支援センター」の3つのセンターから成り立つ。

3センターの共通目標
- 利用者と家族の顧客満足を
- 地域に向かって情報の発信を
- 職員の自己研鑽と自己改革を
施設の種類及び定員
*生活介護事業所 デイセンター 30名 *重症心身障害児(者)通園事業B型 5名 *知的障害者通所授産施設 ワークセンター 40名 *地域生活支援センター 宿泊最大4名
施設の規模及び構造
敷地面積 3,846.00平方メートル 建物の構造 鉄筋コンクリート造2階建 建物の面積 (延床面積) 本棟建物 1,288.20平方メートル 地域生活支援センター 262.50平方メートル
3周年記念誌より
ここでは3センターの3年を経て形作られている支援の内容について、記してみた。
今顧みると暗中模索での3年間であったように思う。的を射ていない対応や遅々としてシステムが構築できないことでの焦燥感や自信の喪失の繰り返しの中で、ややもすれば自分たちの立脚する場所すら見失っていたこともあったことと思う
しかし、メンバーと向き合っている毎日の支援での手応え、またご家族の励ましの中で、確実に前進していることについては自負している。
改めて支援の内容について、確認の機会としたい。
まず、各センターのそもそもの成り立ちについて、少しふれてみたい。
京都府下で初めて設置された養護学校である向日が丘養護学校(長岡京市)は、1979年の養護学校義務制以降、重症心身障害児といわれる大変障害の重い子どもたちを積極的に受け入れてきた。子どもたちは家庭から学校へ通うことで生活リズムを整え、また身体状況や発達課題に応じた教育により、生きる力やコミュニケーションの力を少しずつ、かつ着実に身につけてきた。家族はこうした子どもたちの成長や変化を目の当たりにして、学校卒業後も家族とともにできる限り住み慣れた地域での生活を継続していきたいと願うようになった。そのために、24時間ずっと家にいる生活ではなく、養護学校卒業後も日中通える活動の場の必要性が強く認識されるようになってきたのである。
一方、近年のノーマライゼーション理念の浸透を背景に、障害を持つ人の福祉を取り巻く状況も大きく変化してきた。障害が重いといわれる人も、入所施設でのいわゆる「保護」された生活ではなく、地域における自己選択・自己決定に基づいた生活が保障されること、その実現のための支援が福祉サービスには求められるようになってきている。
このような情勢の下、乙訓地域では通所施設を中心に順次必要な福祉サービスが整備されてきた。しかし、重症心身障害者を含む障害が重いといわれる人たちについて、公的施策としての対応は立ち遅れたため、家族や関係者を中心に設立された共同作業所や重症心身障害者通所援護事業所等、自治体事業を活用した小規模の無認可施設が、地域生活の「核」となる日中活動の拠点としての役割を果たしてきた。
しかし、無認可施設はハード・ソフト面で大変厳しい条件下にあり、重症心身障害者が安全かつ安心して利用できる状況ではなく、また新たに養護学校を卒業する人たちの受け入れについても、自ずから限界があり、どの施設も狭い空間の中に利用者がひしめき合うような状態であった。さらに、その運営のための家族の負担も非常に大きく、自助努力にも限界があった。そのため障害の重い人たちが利用できる法内施設の必要性が年々高まる中で、平成6年から7年頃、地域の家族団体や無認可施設等から新たな施設整備について、議会や行政への請願・要望が相次いだ。この状況を受け、乙訓2市1町はプロジェクトでの検討を開始。最終の報告書(平成8年)における今後の施設整備計画の中で「重症心身障害者も通える知的障害者(当時の表現では「精神薄弱者」)通所更生施設」の必要性を認めるにいたった。
一方、比較的軽い知的障害を持つ方の学校卒業後の進路においても、一般就労、福祉的就労の場としての通所授産施設とともに、無認可施設である共同作業所が、やはり重要な役割を果たしてきた。一般事業所への就労は長引く不況の影響で、就職先の確保も大変困難な状況であり、養護学校卒業生の就労はもちろん、公設公営で運営されている通所授産施設からの就労の進みにくい状況は、通所者の長期滞留化を招き、新規卒業生の受け入れを困難にしていた。こうした状況下で、卒業生の「受け皿」として、小規模共同作業所が積極的にその役割を果たしてきたが、運営面・設備面等で大変厳しい状況にあったことは前述の通りである。
これらの状況をふまえ、プロジェクトの検討の結果、最終報告において「知的障害者通所授産施設」の整備が盛り込まれることになった。
また、知的障害者の入所施設を持たない乙訓地域では、地域生活支援にかかる緊急一時保護やレスパイトサービス、入浴支援等が、無認可の小規模作業所や重症心身障害者通所援護事業所において独自に取り組まれてきた。これらの独自事業に対し向日市、長岡京市が単費で緊急一時保護制度を立ち上げる等の動きもすすめられてきたが、元々実施基盤の弱い無認可施設を中心として、関係者の自助努力によりすすめられてきたものであり、乙訓地域で暮らす障害を持つ人たちに、遍くサービスを提供できる状態では到底なかった。そのため、緊急一時保護事業やレスパイトサービス等の生活支援サービスを実施できる場のニーズも高く、「精神薄弱者ショートステイ(緊急一時保護事業)施設 利用予定定員4名」という表現で、プロジェクト最終報告書に盛り込まれることとなった。
このような経過に基づき、乙訓地域における重症心身障害者を含む障害の重い人たちが利用できる日中活動支援の拠点としての「乙訓ひまわり園デイセンター」、知的障害者の福祉的就労及び就労支援の拠点としての「乙訓ひまわり園ワークセンター」、乙訓地域で暮らす障害を持つ人とその家族をさまざまなサービスで支える生活支援の拠点としての「乙訓ひまわり園地域生活支援センター」が、それぞれ開設されることになった。
以上のように地域の熱望があり、ノーマライゼーション理念の浸透のもと、この乙訓地域に確とした障害者総合支援センターとして乙訓ひまわり園は誕生したのである。
3つの個々のセンターが今以上に支援の充実を行い、より有機的な連携を持ち、地域における障害者総合支援センターとしての役割がまっとうできることを今後の目標としたい。
乙訓ひまわり園の組織と機構
[ひまわり会(利用者父母の会)] [運営委員会] [後援会]
[理事会] +- [ デイセンター長 ]-[活動ベースや障害の状況に応 ]
| | [じたグループ編成 ]
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| +- [ ワークセンター長 ]-[製パン・喫茶・洗濯・下請け ]
| | [作業等 各グループ ]
| +-[統括施設長]-+ [ 健康支援室長 ]-[メンバーの健康管理・医療的ケア]
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| | +- [生活支援センター長]-[宿泊・タイム・入浴・送迎・ ]
| | | [ガイドヘルプ・他 各サービス]
[理事長(園長)]-+-+ |
| +- [ 地域療育支援事業 ]-[障害者のあらゆる生活支援の ]
| [ コーディネーター ] [相談事業 ]
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+-[ 事務局長 ]-----[ 事務担当 ]