構想から開園まで--第4部
厚生省(現:厚生労働省)の内示と施設建設
平成11年5月下旬になって、社会福祉法人設立手続きのためのFDを地域福祉・援護課でもらって申請書類の作成に取りかかる。法人理事・監事予定者に印鑑証明書と就任承諾書の提出をお願いして歩く。5月末に市から28日付けで国庫補助の内示があったとの連絡が入った。これでやっと陽の目を見るようになる。府振興局に局長、次長、課長を訪問して国庫内示のお礼の挨拶をする。
続いて急ぎ計画用地の農地転換・開発申請の手続きに入るが、大規模開発の適用を受けるためかなり厳しい条件となる。これは地元の設計事務所にお願いした。農業委員会の要請で、実地見聞をするから用地の草を刈って綺麗にしておいてくれとのことで、8月14日8時頃からひとりで草刈りを始めた。10時頃には推進会のメンバー10数人が応援に来てくれたので予想以上に早く片づき午前中にほぼ終了し、午後にひとりで仕上げた。
法人設立申請の方は7月28日府・地域福祉援護課に必要書類を提出して指示を待った。提出書類の差し替えや理事資格証明・新定款等を揃え申請書類の表紙を作成して、これで受理となった。時は9月8日であった。翌日朝、府から電話にて法人設立認可の知らせあり。13日府を訪問し、地域福祉・援護課課長から法人設立認可書を受取、障害者保健福祉課長から国庫補助の内示書を受け取る。会わせて開発・農地転用の許可も9日付けでおりた。
以上のように各許認可が整ってきたのでここで再度、地元町内会と会合を持ち、法人側の条件が揃ったことを報告し、これからすぐ始まる埋蔵文化財の発掘調査他の各工程の進め方を説明する。発掘調査は9月中に入ることを言明。ここでまた反対の声あり。その他各条件問題に関しても進展なし。10月6日に埋文調査を開始する。重機の搬入を見て町内から約20人くらいの住民が出てきて中止を求めるも市、法人で説得して結局着工した。これで現地工事の第1段階に入った。
日本財団に建設資金補助申請と京都府社会福祉協議会に融資申し込み
今回の計画には、法による通所更生・授産施設の他に単費補助による地域生活支援センターの建設がある。行政からその財源に充てるべく日本財団の資金を活用することが法人に提案された。もとより異存はない。市と協力して申請の必要書類を作成し、10月26日に市側と2人で東京・日本財団に建設資金補助金の申請書類を提出し担当者のヒアリングを受ける。その結果、2月25日より補助金交付内定の電話連絡あり。正式には4月4日と5日にわたり、補助金交付通知会と受領に関する契約書ほかの事務手続きの説明会あり。
また、昨年の財政緊縮の実施により社会福祉・医療事業団からの借入枠が縮小され、必要額全額が借り入れられなくなった。それで不足分を京都府社会福祉協議会から借り入れることを計画し、その必要書類を作成し1月25日に府社協に提出した。融資実行は4月になる予定とのこと。いずれにしても各業者に対する支払いは、国・事業団・財団及び社協などからの融資が入金されてから実行すると契約書に明記してあるので安心できる。
法人認可後は事務手続きが大変になってくる。まず、法人設立登記の申請、それが出来れば登記簿謄本をとって府に提出。銀行に法人口座を開設し、贈与金を振り込み残高証明もとる。建設予定地の五ノ坪2734平方メートルを個人から法人へ贈与することによる所有権移転の登記の申請。登記が出来れば謄本の取得。これをあわせて府へ財産移転報告書と理事重任登記の謄本等を提出。大事なのは税務署に建設予定地の五ノ坪の土地贈与に関する免税申請書の提出である。その他、法人就業規則、給与規程、管理規程、経理規程、出張旅費規程等々を作成しなければならない。
平成7年以来、市町会の求めに応じて施設設計の図面を快く作成してくれた設計事務所と・管理業務の本契約を締結して初めてここに商業ベースの取引となった。11月13日小野宅にて理事会を開催。これまでの経過説明とこれからの施設建築工事の入札について説明し、いずれも承認となり、続いて別室で業者選定委員会を開く。入札業者は12社と決定。12月15日9時より市民会館にて業者選定委員会が全員出席して予定価格を決定し、10時より応札業者12社、中1社は書類不備で失格。入札は1回で決定した。
こうして建築業者も決まりいよいよ着工という段階に来て、市と土地を一部交換をして北側道路に面して約4mの緑地を設けるという案が市から提案された。当初1月8日に地鎮祭を行う予定であったが、諸般の事情から延期になり、その後町内会役員会・町内全体工事説明会を開き北側出入り口の使用方法その他で多少の問題は残すものの着工は了承ということになった。2月15日に起工式(地鎮祭)を挙行し、待ちに待った本工事の着手となった。時期的には少々遅れてしまったが3月12日に市民会館にて町内会と話し合いをし、北側出入り口の問題は残るものの建物・日影等も問題なしとして、3月16日付で建築工事協定書を結ぶことになった。これを受けて地域生活支援センターの着工も行われ、全体に建築の槌音が響き活気が満ちてきた。毎週1回業者側と工程会議を開き、工程の点検と種々の打ち合わせの中で各種仕様を決定した。当初の予定より、一転、二転して完成予定は10月末に変更されていたが、それに向かって工程は着実に進んだ。
ここで特筆しておかなければならないことがある。平成11年12月に、今まで「推進会」として活躍してきた会が組織、名称をかえて「乙訓ひまわり園を支援する会」となり発会式を挙行。会長、役員・向陵会理事他一般等約60名が出席して発会した。この会の目的は精神的な支援もあるが、第一義的には施設建設に当たっての資金不足を援助することにあった。また、5月28日には小野が所属する京都乙訓ロータリークラブが長岡京市文化会館で、長岡京室内アンサンブルの演奏によるチャリティーコンサートを開催し、236万円余を乙訓ひまわり園に寄贈していただいた。さらに小野が勤務していた企業からも200万円の大口寄付を頂いた。有り難いことである。これらの援助は2000万円余になり仕様変更や追加工事費に充当され、残りは本部口座に入金され施設の一般運営に当てられている。
9月1日には、小野宅の納屋の一部を改造して社会福祉法人向陵会乙訓ひまわり園の仮事務所とした。9月4日から冨島、竹村、貴志、高田の全員が出勤した。ここで開設までの間、施設開設の準備、特に必要職員の確保、施設の運営に関すること、特に利用者の受け入れ態勢、授産関係の対応等々数えると枚挙にいとまがない。府による完成検査が終わり施工会社からの引き渡しを受けて、開設への気分がますます昂揚してくる。また、職員採用について無認可施設「どんぐりの家」に通所していた利用者が、「乙訓ひまわり園」に全員が移籍してくることになっていたので、そこに働く職員も希望者全員に対して筆記テストと面接を実施して、大部分の職員を採用した。このことによりかなりスムーズな運営に入れたのも否めない。
10月21日には通所予定者の見学会を開催し、続いて2日間体験通園と給食試食会も実施した。